2019年8月近況報告

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少し涼しくなってきましたが、今年の夏も暑かったですね。夏に撮った写真を見直したところ、コメダ珈琲で涼んで本を読んでいた時の画像が出てきました。が、これは、ダイエットしている人間が撮ってよい画像ではないぞ・・・。なんだこれは。

結構、動画を見るのが好きなのですが、最近、↓の動画をよく見ています。その話を友人にしたら、ちょっと疲れているかもしれないからゆっくり休んだ方がよいよといわれました。そうかなあ。


大好きな耳掃除でウットリな猫

テレビは男子一生の仕事

ノンフィクションマラソン44冊目は『テレビは男子一生の仕事』です。

テレビは男子一生の仕事: ドキュメンタリスト牛山純一

テレビは男子一生の仕事: ドキュメンタリスト牛山純一

 

「しかし、私は新聞記者を超える放送記者になろうとは思わなかった。学術の知識、演劇の理論、映画の方法、 新聞記者の取材経験などを、新しいテレビメディアに打ち込んで発酵させてみたい。若者はそんなことを考えていた。」(p.69)※牛山の東京新聞連載からの孫引き箇所

大島渚に『忘れられた皇軍』という傑作TVドキュメンタリーがあります。このTVドキュメンタリーは日本テレビの『ノンフィクション劇場』シリーズの一番組として放映されたのですが、『ノンフィクション劇場』のプロデューサーを務めていたのが牛山純一です。今回読んだ『テレビは男子一生の仕事』は、名プロデューサー牛山純一の一生を追ったノンフィクションです。

この本を読んで少し驚いたのは、牛山の交友範囲の広さです。大島渚土本典昭らとの交友があることは知っていたのですが、彼らの思想とは真逆に思える中曽根康弘自民党系の政治家との交流、特に政治評論家の三宅久之と深い友情関係を結んでいたことは初めて知りました。また、私たちが昔よく見ていた番組に関わっていた人々(『ニュースステーション』、『朝から生テレビ』の企画・制作を手掛けた小田久栄門など)も、この本に多数登場します。牛山がTVドキュメンタリーに賭けた思いや実践(映像人類学など)も興味深かったのですが、数多くのTV関係者のいわば「ハブ」ともいえる存在であったという点が印象に残りました。

最後に、本筋とは離れるのですが、土本典昭が『ノンフィクション劇場』の頃を振り返る中で、「テレビで沖縄問題と差別問題、原発問題を扱うのはシビアでした。日韓問題もね。」(p.159)と語る箇所があるのですが、昨今のテレビに関する事件を見てもそのシビアさを痛感します。

失われた兵士たち

ノンフィクションマラソン43冊目は『失われた兵士たち』です。

 文章を草するということは、先に言及した「人間生活の不安定な構造を徹底的に破壊するもの、潜在的な人類の獣性を表面にうかび上がらせる崩壊的な力」に対抗するもう1つの力、いってみれば人間としてのあかしではないかと私は考えるに至った。それでこそものかきを生業としない兵士たちが、帰還してから多くの戦記を書いた理由がわかるというものである。(p.425)

随分前に、野呂邦暢という面白い作家がいるよと職場の人に言われたことがあります。その話から短編小説家でありエッセイストなのかと思っていたため、本屋でこの本の存在を知ったときは少し意外の感がありました。

この本は、15年戦争を知るには(狭義の)「戦争文学」だけでは足りないという筆者の思いから始まっています。先の戦争は、小説を書くようなエリートによって担われたのではなく、前線に赴いた農民や労働者など「ものかきを生業としない兵士たち」によって担われたという彼の思いから、多数の戦記が紹介されていきます(ただ、八原博道『沖縄決戦』のように参謀レベルの戦記も複数紹介されています。)。紹介される戦記の地理的範囲も、南洋、戦艦大和沖縄戦、さらには東京裁判までに至ります。

この本の素晴らしさは、どこの章においても、視線が<人間>に対し向けられ全くぶれがないところにあると思います。どの戦記に対しても、真摯にその書き手に向かい、書き手やそこに描かれた人間への敬意を保ち続けているのです。野呂自身はこの本を「文学論ではなく、一種の書誌的論考」(p.450)と言っていますが、全体として一つの卓越したエッセイとなっていると思いました。

ふたつの日本

ノンフィクションマラソン42冊目は『ふたつの日本』です。

ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実 (講談社現代新書)

ふたつの日本 「移民国家」の建前と現実 (講談社現代新書)

 

同じ日本に暮らしていても、国籍によって、在留資格によって、この国で通過する経験は大きく異なる。同じ国境の内側でも、見えないいくつものレイヤーがこの国で暮らす人々を区別し、分割している。何年滞在できるか、働くことができるか、働き先を変えることができるか、家族と共に暮らすことができるか、一人ひとりが違う。同じ「外国人」でもその境遇は大きく異なる。(p.207)

この本は、コンパクトに日本の移民問題の全体像をまとめた本です。印象的だったのは、日本の移民政策の特徴とされる「サイドドア政策」です。「サイドドア政策」とは、単純労働者を受け入れないという「建前」と、労働力不足という「現実」を解決するための方便として、正面(フロントドア)からでなく勝手口(サイドドア)から外国人を受け入れる政策で、技能実習生や留学生など就労目的でない人を実質的に労働力として活用する政策のことです。誰もが見える形で矛盾が放置され、そして、その矛盾の中で様々な人権侵害が起きている現状が簡潔な記述で書かれています。

入国管理に関する法制度は複雑で、この本を読み終えてもまだ頭の中が完全に整理できたわけではないのですが、数値や図解などにより、問題の所在のとっかかりがつかめたような気がします。そして、かなり若い書き手の方だと思うのですが、文面から問題へ向かう誠実さを感じました。