図書館情報学と分析哲学?

最近、かなり疲れています
そこで図書館のお仕事の勉強をするのもおなざりになっているのですが、帰りがけにアホなこと考えていました。

実は図書館情報学に違和感があるのですが、それが学生時代に分析哲学に対してもっていた違和感と似ているのです。

以下「大辞林」による分析哲学の定義です。

〔analytic philosophy〕二〇世紀に主として英米を中心に展開された哲学。哲学的問題はそれを表現する言語形式を分析し、意味を明確化することによって解明または消去されるべきだと主張する。フレーゲラッセルらによって創始された。記号論理学を用いた論理分析を重視する人工言語学派(前期ウィトゲンシュタイン、カルナップなど)と日常言語の使用形態を緻密に分析する日常言語学派(後期ウィトゲンシュタイン、ライル、オースティンなど)とに大別される。アメリカではプラグマティズムと結びついて独自の発展を遂げた(クワインデイビッドソン、ローティなど)。

といっても何かわからないでしょう。もっとたちがわるいことに書いている本人もイメージでしかつかめていないんですが(笑)、徹底的に言語の分析にこだわる印象があります。いうならば純粋に言葉にこだわれば、真理に到達できるという印象です。それは多少、神学かかった哲学を勉強してきた僕からすれば、論理性・厳密性は魅力的に映りますが、図書館情報学の特徴として社会性や歴史性の意識が弱い気がします。

といってもえらそうなことはいえないなー。すこし愚痴ってみたくなっただけです。