丁寧に生きる

この季節は送別会のシーズンだ。私は、今年は、送る側なのだが、先日来、送られる側の方より、丁寧な挨拶をいただいている。このような挨拶を受けながら、改めて「丁寧さ」は大事だなと感じてしまった。

「丁寧さ」―辞書を引くと、「丹念」、「念入り」などという類義語が見つかるけど、それらの言葉と「丁寧さ」は、似て非なるものだ。それは「念入りな話ぶり」と「丁寧な話ぶり」とが聞き手に違う印象を与えることからもわかる。

「念入り」の場合、「念入りに」(「念押しして」)伝えるというように、相手に対する不信の念が語感にあるが、「丁寧」の場合は、もっと繊細な、他人に対する心配りが、語感にあると思うのだ。

私は儀礼や慣習というのが嫌いだった。しかし儀礼や慣習を嫌うあまり、粗雑な性格になっていたのかなと思う。儀礼や慣習を守るという生き方はできないけど、丁寧に生きてみたいと思っている。