戦場でワルツを

戦場でワルツを」を見てきました。



イスラエルレバノン侵攻、
特に「サブラ・シャティーラの虐殺」を
当時、作戦に間接的に関わったイスラエル兵士から描いた、
アニメドキュメンタリーです。


実はこの「サブラ・シャティーラの虐殺」は、
私にとってずっと気になっている話題でした。


私が修士論文に選んだ思想家は、
エマニュエル・レヴィナスという人です。
(私が修論を書いている頃から、内田樹さんが、
活躍されていて、最近は内田さんから
彼のことを知った人が多いかもしれません。)
レヴィナスは戦後を代表するイスラエル系の哲学者です。
彼の専門は自己と他者との関係をめぐる関係にあります。
「他者の思想家」として知られるレヴィナスは、
サブラ・シャティーラの虐殺を、事実上、肯定しています。
初めて知ったときは非常に驚きました。
その肯定の様子は、内田樹訳の、
「虐殺は誰の責任か」(『ユリイカ』1985年8月)
という論文で読むことができます。
パレスチナ系の研究者にはよく知られている出来事なのですが、
(少なくとも5年前くらいまでは)あまり知られていませんでした。


レヴィナスを読んでいて常に感じていたのは、
彼はイスラエル建国に寄り添いながら、
自分の思考を展開していたのではないかということです。
レヴィナスは、いわば、イスラエル
「国家的哲学者」たらんとしたのではないか、
というのが、当時、私が持っていた仮説です。


私の仮説の真偽はきちんと検証されないといけませんが、
仮に正しいとした場合、
レヴィナスが認めることができなかった
「サブラ・シャティーラの虐殺」は、
イスラエルという国家の「恥部」であり、
イスラエルではこれを取り上げるだけで
議論を引き起こす性格のものだと考えていました。
それだけに今回の映画公開が、
イスラエルで評判になっていると聞いて、
イスラエルもずいぶん変わったのだと思いました。


この映画は加害の事実に向き合おうとしています。
イスラエルは、自身の国の恥部に向き合おうとしている、
もしくはせざるをえない状況なのかもしれませんが、
とにかく向き合うのだということは伝わってきました。
この映画では最後に実写が出てくるのですが、
アニメの部分はこの実写の光景を受け入れるまでの
プロセスだといってもよいかもしれません。
ただこの映画がイスラエルで賞賛を得ていることと、
現在のイスラエルの横暴な政策とは、
私のなかでまったくつながりません。
「こんなに過去に誠実に向き合っているんだから」という
だけではすまない次元の話はあるのではないかと思います。
もちろんこれはイスラエルだけの話ではなく、
日本でもある話なのですが。


最後にこの映画の欠点について、
土井敏邦さんが明確に書かれています。
参考になります。

■日々の雑感 127:
イスラエル映画『バシールとワルツを』(『戦場でワルツを』)を観て
http://www.doi-toshikuni.net/j/column/20081207.html