逝きし世の面影

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

逝きし世の面影 (平凡社ライブラリー)

この本を読むきっかけは、抽象的な表現を使えば、
"前近代"をどう考えたらよいかという点に、興味があったからです。


もっと日常生活に即して言いましょう。


「最近の日本人は、なんでこんな醜いのだろうか、
昔はもっと美しいひとびとがいたのでは」という疑問を持ち、
この本を手にとったわけです。


ただしこの本の主題は「日本人」論ではありません。
ましてや「美しい日本」などとは対極にあります。


この本の論理展開の軸は、(多分に方法的にですが)思いきって、
明治以前の、前近代を全肯定する立場にあります。
(少し前に言われた「美しい日本」は、
一面で明治以降の近代主義の延長線上にあるため、
この本とは反対の志向にあるかと思います。)


人に対する優しさ、自然に対する振舞、
私も含め、多くの人が見失ってしまったとされる美点、
これらを近代化以前の「江戸後期文明」は、
1つの価値体系(文明)として多分に持ち合わせていたのではないか、
というのが筆者の展開する論理です。


具体的には、日本に来た外国人の旅行記をもとに
風景、信仰、性の扱い方など、日常生活の様々な相について、
総合的に「江戸後期文明」が紹介されます。
これを時間をかけて読むのは愉悦の体験でした。


筆者の論理を踏襲すれば、
「近代化こそが人を醜くしている」ということになります。
昔に帰れない今、どうするべきなのでしょうか。