ニッポンの音楽

ノンフィクションマラソン17冊目です。詳しくない分野(音楽)に挑戦ということで。

ニッポンの音楽 (講談社現代新書)

ニッポンの音楽 (講談社現代新書)

 

 ひとが音楽家になる理由は、大きく言って二通りあります。一つは「誰かの音楽を聴いたから」、もう一つは「誰かの音楽を聴いたからでもなく」です。前者は、本書で繰り返し語ってきた「リスナー型ミュージシャン」です。(…)他者の音楽のインプットを自分という回路でプロセシングし、自分の音楽としてアウトプットすることが、音楽家としてのアイデンティティに根本にあるようなタイプのミュージシャンは、常に自分をどこか客観視していて、自分自身すらコンセプトの素材として扱っているような気がします。(pp.196-197)

 

この本は、日本の戦後ポピュラー音楽の通史ではないです。例えば、BOOWYも、ブルーハーツも、B'zもこの本に出てきません。日本の戦後ポピュラー音楽の通史が概観されるのではなく、筆者のいう「リスナー型ミュージシャン」の日本における系譜が紹介されます。「リスナー型ミュージシャン」とは、何かの「思い」を「表出」するのではなく、外国音楽も含め大量に音楽を聴き、歌詞よりも音を中心に、コンセプチュアルに作品を作るタイプのミュージシャンです。この「リスナー型ミュージシャン」として、はっぴいえんどYMO、ピチカート・ファイブ、小室哲哉などが取り上げられています。(ちなみに、この本の中で引用されている小室哲哉のインタビューからは、彼のクレバーさが伝わってきます。)この系譜の音楽をあまり聞いたことがなかったため、大変面白く読みました。

また、90年代の「リスナー型ミュージシャン」が成立した文脈として、渋谷という場所の特徴が書かれています。実はこのトポスとしての渋谷の記述がとても興味深かったです。この感度、豊穣さを、今の日本はなくしてるかもしれません。

90年代の東京、中でも渋谷は、そこに行けば音楽の最新情報が、何でも得られる街でした。渋谷のタワーレコードでは、手に入らないCDはない、とまで言われていました。それはもちろんオーヴァーだとしても、海外から来たミュージシャンをタワレコに案内すると、皆が皆、その品揃えに驚愕していたものです。(p.206)