三歩後退一歩前進(その6)

前回の記事で「『勉強の哲学』をきちんと読み終える」と書きました。最近、仕事関連の勉強に忙殺されていたため、やっと連休中に読むことができました。読み始める前はどんな本なのか一抹の不安がありましたが、筆者の誠実な姿勢に共感を覚えました。また、この本は、フランス現代思想入門として大変優れていると思います。興味がある方は手に取ってみてはどうでしょう。今回の記事では、『勉強の哲学』の感想を、自分なりに変奏してみたいと思います(韻、踏みました。)。

勉強の哲学 来たるべきバカのために

勉強の哲学 来たるべきバカのために

 

 さて、社会人になると学生時代と違うタイプの本を読むようになります。例えば、時間管理術、勉強術などの自己啓発本です。最近(私の周りでは)あまりお名前を拝見しませんが、昔は勝間和代さんの本も読みました。(その影響で、レッツノートを買ったことも思い出してしまいました…。)ちなみにこのブログの最初の方の記事でも自己啓発系の本が紹介してあったりします。

自己啓発本も全く読まないよりは読んだ方がいいと思います。ジャンルの癖を知ることはとても大事なことです。しかしながら、私は、ある程度自己啓発本の読書経験を積むと、息苦しさを感じるようになりました。端的にはこんな気持ちです。「そんなに『スキルアップ』してどうするんですか?」。頑張ってスキルアップしても、現実にはそれに比例して年収がアップすることはない、という点もあります。しかし、私が自己啓発本が提示する「未来」に全く惹かれなかったというのが大きいです。比喩的には、自己啓発系の本は、「入口」としては優れたものがあっても、「出口」がない本だったのです。

『勉強の哲学』の優れた点は、自己啓発本の形態を取りながら、性格が全く逆な点にあります。それは、既成の出口でない、自分なりの出口(「逃走線」ともいえるのでしょうか。)の作り方のヒントを提示している点にあります。(思いつきですが、自己啓発的欲望に抗する観点から、『アンチ・オイディプス』や『ミル・プラトー』を読むのも面白いかもしれないですね。)

実は「自分の問題意識をたどり直し、きちんと専門領域を決め、1本、論文(的なもの)を書く」ために、大学院に社会人入学して論文を書くのも一つの手かなと少し考えていました。ただ、現時点であまり大学院に魅力を感じない、時間的・金銭的にもしんどい、そもそも対象がまだ絞り切れてないと、考えていました。出来ないことをやろうとしても絶対にうまくいきません。しかもワクワク感が全くない選択肢です。

そこで、少し発想(言葉)を転換するため、言葉遊びをしてみました。すると、自分の目指すべき形をアルバムとしたらよいのかなと思いつきました。そう、論文でなくアルバムです。比較的長文の文章を、批評アルバムとして発表するのです。10本くらい書き溜めてアルバムを作りたいなと思っています。CDの歌詞本のような体裁としたら面白いですよね。ZINEやリトルプレスを参考にして、ちょっとしたレイアウトやデザインの勉強もできます。

ということで早速、現在、個人レーベルTCF(Tsubosh Critique Factory)で、シングル作を執筆中です。レコーディングの影響で、この三歩後退一歩前進シリーズは11月中旬までお休みしますが、その頃にはシングル作を1本お見せできるのではと思っています。楽しく、且つ、現実的に歩を進められればと思っています。