イベント行ってきました①(17年10月14日、15日)

10月14日、15日と次のイベントを聞きに行ってきました。

〇哲学と映像の「存在論的転回」@ゲンロンカフェ(10月14日)

genron-cafe.jp

〇「柳澤壽男・障がい者ドキュメンタリー傑作選」2本立て上映+トークUPLINK FACTORY(10月15日)

【News】10/15(日)開催! ドキュメンタリーマガジン「neoneo」9号刊行記念 「柳澤壽男・障がい者ドキュメンタリー傑作選」2本立て上映+トーク @UPLINK FACTORY | neoneo web

両日とも大変勉強になりました。一見関係ないように見える両イベントですが、たまたまかもしれませんが、シナジーを起こしているような感がありました。特に、15日に見た映画『夜明け前の子どもたち』、そしてその後のトークに大変感銘を受けました。

『夜明け前の子どもたち』(柳澤壽男監督・1968年)は、滋賀県にある重症心身障がい児施設「びわこ学園」を舞台にした映画です。映画の出だし早々、びわこ学園の映像に「人は誰でも発達する権利がある」というナレーションがかぶせられます。映像にナレーションをかぶせられるのが私はあまり好きではなく、また、少し発達への"強要"を感じ、ちょっとこの映画はきついかなと思いました。しかし、映画が進むにつれ、発達の概念自体を問い直すことが、この映画のテーマになっていることが見えてきます。

映画上映後のトークで、この映画で描かれる発達観が、発達保障論に基づく「ヨコの発達」だとの紹介がありました。一般に、発達とは、できないことができるようになることだと考えられています。このようなスキルベースドな発達観は、「タテの発達」と呼ばれます。それに対し「ヨコの発達」とは、様々な人と共感的な関係を築き、自らの感覚を開放できるようになるという発達観です。発達保障論は以後かなりの批判を受けたとのことですが、当時としては画期的なものだったのではないでしょうか。

様々な人と共感的な関係を築く―言うは易く行うは難しの典型です。この映画は、重症心身障がい児の動作や行動パターンをかなりしつこく記録しています。そして、彼ら・彼女らの動作が、共同作業の場面でどのように変容していくのか、その推移も記録するのです。映画の中でかなりの時間を割いて映し出されるのが「石運び」の場面です。例えば「坂道」という協力を必要とする場面で、「石を運ぶ」ことを通じて、各人の動作がチューニングされていく様が記録されたりします。石という"モノ"を媒介として、共感の"条件"ともいえる人間関係が築かれていく様子が、過剰ともいえるナレーションと合わせ映し出されるのです。

また、この映画では、トラックが高速道路を走るシーンが何度も挿入されます。映画が作られた当時、高度経済成長期だったことが一目でわかります。一方、びわこ学園の労働条件が悪く、たくさんの先生が辞めていく様子も描かれます。トークでこの映画が「未完の完成」だったかもしれないとの話がありましたが、高度経済成長とは違った「進歩」(発達)の可能性の萌芽があったこと、そしてそれがまだ実現していないことを実感しました。今の社会とは違う社会の在り方を提示するという意味で、この映画はとても<政治的>な映画なのではないかと感じました。