Random-Access Memory

(月3回以上更新目標)

分かりやすい映画が好きかも ~山形国際ドキュメンタリー映画祭2019旅行記

f:id:tsubosh:20191026220504j:plain

山形国際ドキュメンタリー映画祭2019で見た映画の感想です。画像右手に見えるのは「現実の創造的劇化」プログラムのパンフです。この「現実の創造的劇化」プログラムの映画を1本も見ることができなかったのは残念でした…。

記事タイトルを「分かりやすい映画が好きかも」としたのですが、今回の映画祭ではメッセージをストレートに伝える映画に心を打たれました。客観的に見ても、被写体とそれに対する愛情(又は憎悪)が強い映画が出来がよかったようにも思います。

 

1.素晴らしいと思った映画

A:あの店長(The Master)(ナワポン・タムロンラタナット監督、タイ、2014)
B:チャック・ノリス vs 共産主義(Chuck Norris vs Communism)(イリンカ・カルガレアヌ監督、イギリス・ルーマニア・ドイツ、2015)

A、Bとも「映画の海賊版ビデオ」を巡るドキュメンタリーです。そして、人が生きていく上で、文化が必要不可欠であることがよく分かる映画でもあります。

Aは、1990年代から2000年代初頭にかけて、タイのバンコクにあった海賊版ビデオ販売店の物語です。当時、タイでは、ハリウッド映画は公開されるものの、それ以外の映画がほとんど公開されていない状況とのことでした。そのような状況の中、「アート映画」専門の海賊版ビデオ販売店が出来、シネフィルの間で瞬く間に人気を博します。「アート映画」といっても、いわゆるオシャレ映画だけではありません。ジブリ映画、北野武映画、Jホラー映画も、その中に入ります。

政治的な理由がないのに、ジブリ映画や北野武映画まで見られない環境があることを想像したことがなかったので新鮮でした。ハリウッド映画とは違う作りの作品を見ることで、映画の見方が格段に豊かになったとインタビューを受けた人が熱く語ります。多様な表現が社会に存在することの重要性が、インタビューの端々から実感できる映画です。

Bは、内容もそうですが、何といってもタイトルが素晴らしいですね。チャウシェスク独裁政権時代、ルーマニアでは資本主義圏の映画を見るのが禁止されていました。そのような環境の中、ハリウッド映画のビデオを密輸入し、複製してお金稼ぎを行う業者が現れます。庶民は、アパートの中の一室に集まり、そこで映画観賞会を行うようになります。

この映画の中で、映画観賞会で皆とロッキーを見た子供が、翌日の5時にランニングをして、ロッキーの真似をするシーンがあります。このシーンに、心揺さぶられました。別に社会主義下の社会ではなくても、ロッキーの真似をした子供はいるでしょう。しかし、ロッキーがない社会がいかに貧しいか、チープなものと笑われるかもしれないものでもそれに感化される機会があることの貴重さを感じました。

 

2.興味深かった映画

C:理性(Reason)(アナンド・パドワルダン監督、インド、2018)
D:これは君の闘争だ(Your Turn)(エリザ・カパイ監督、ブラジル、2019)
E:ある夏のリメイク(Remake of a Summer)(マガリ・ブラガール監督&セヴリーヌ・アンジョルラス監督、フランス、2016)

CからEまで、日本の現状とリンクする面が多々ある映画でした。

Cは、モディ政権下のインドでの反迷信運動を扱った映画であり、ヒンドゥー至上主義とその政治への影響を告発する映画でもあります。昔、日本でもサイババブームがあったかと思うのですが、サイババも厳しく批判されています。映画中に、ヒンドゥー至上主義のとある団体が出てくるのですが、カルト集団に見えてしまいます…。

Dは、ブラジルの高校生の学生運動を取り上げた映画です。地方政府の公立高校再編案に対して、高校生が高校を占拠(オキュパイ)し抗議します。Your Turnという英訳タイトルからもわかるように、監督は学生運動を支持する立場に明確に立ち、現役の高校生の語りを用いて映画をまとめています。

Eは、ジャン・ルーシュエドガール・モランによる記録映画『ある夏の記録』の構造を、ほぼそのまま利用して現在のパリの人々の生活を記録しています。ある映画の構造をそのまま使っても、時代が異なると結構面白い映画となるなあと新鮮な発見がありました。『ある夏の記録』の中に、道行く人々に「あなたは幸せですか」と聞くシーンがあるのですが、Eを見ると現在の人々の方が応対が慣れている感があります。そのようなちょっとした違いから、フランス社会が抱えている社会的な問題の違いまで、いろいろ比較をしながら考えることができる映画となっています。ちなみにEの中に、『ある夏の記録』が撮られた時代は集団が確固とした時代だったが、現在はそれが崩れてきているというような発言をする人が出てきます。『ある夏の記録』を見た時全くそのような感想を持たなかったのですが、『ある夏の記録』は集団の時代の中で個の声を拾った側面があるのかなと感じました。

 

3.イマイチだった映画

F:十字架(The Crosses)(テレサ・アレドンド監督&カルロス・バスケス・メンデス監督、チリ、2018)
G:エグゾダス(Exodus)(バフマン・キアスタミ監督、イラン、2019)

まず、F、Gとも評価が高かった映画です。ただ、私との相性が悪い映画でした。なお、今まで紹介した映画よりも、両映画とも方法にこだわっていると思います。私が読み取れていないかもしれない点はご容赦を。

Fは、ピノチェト政権時代のチリで起こった労働者の失踪事件に関する映画です。失踪した労働者は殺害されていたのですが、現在、その殺害事件が起こった地方に住んでいる住民に、その殺害事件の裁判記録を読み上げてもらいます。そのナレーションにかぶせる形で、その殺害事件が起きた現場の今の姿が写し出されるという構造になっています。

映画祭では、上映後、監督との質疑応答の時間があるのですが、その地方についての公的な記憶を住民と共有したかったという監督コメントがありました。わからないことはないのですが、映画の中では、その殺人事件の解明自体へと向かう意図があまり感じられない感がありました。裁判記録だけでは事件の全容はわからないのではないでしょうか。被害者家族等にインタビューするというような、当たり前とも思える営みが重要ではないかと考えました。

Gは、アフガニスタンとの国境にあるイランの帰還センターの職員を追ったドキュメンタリーです。イランに経済危機が起き、イランの通貨の価値が下落します。その結果、アフガニスタンから来た出稼ぎ労働者が続々とアフガニスタンに帰還しようとします。帰還の許可事務といえるようなことを行っているのが、帰還センターの職員です。

この映画で評価の難しい点は、インタビューアーの位置を、帰還センターの職員が占めてしまっている点にあります。帰還センターの職員は職務以外と思える雑談を延々と出稼ぎ労働者とします。この雑談から移民の様々な姿が見て取れるのですが、少し嫌だなと思ってしまう自分もいました。職員にとっては雑談でも、出稼ぎ労働者にとっては死活問題とも思える会話である可能性があるからです。彼ら・彼女らはアフガニスタンに帰りたいのでしょう。無理やり雑談を行い、それに付き合わせてしまっているような、後ろめたさが残りました。

ともあれ、もっと映画を見たかった。台風め!という感じです。また遠くに映画を見に出かけた際は記録をアップしたいと思います。