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(思考のための一時的記憶措置)

不敗のドキュメンタリー

ノンフィクションマラソン49冊目は、『不敗のドキュメンタリー』です。

不敗のドキュメンタリー: 水俣を撮りつづけて (岩波現代文庫)

不敗のドキュメンタリー: 水俣を撮りつづけて (岩波現代文庫)

 

土本さんたちは、不知火海巡回映画会の上映ごとに、シーンの中の患者と観客との間に感性の通い路が生まれるのを見た。ドキュメンタリーは人々との「出逢い」に始まり、最後にフィルムを介して人々と観客との「出逢い」を紡ぐ。観客との連帯が、最後に映画を守る場所になる。「出逢い」、住み、記録し、上映する(そして祈る)。土本さんはこの全過程を生きものとしての記録映画という。(p.318、社会学者の栗原彬氏の解説)

著者の土本典昭は「水俣-患者さんとその世界」などで有名なドキュメンタリー作家です。この本を読む前、彼のドキュメンタリーの映像論が主題となるのかなと考えていました。少し違和感を感じながら読み進めていくうちに、彼がこの本で考えたいことは、映画がどのような環境の下で作られ、どのように見られていくのかという、映画とその環境との相互関係の問題だということがわかりました。

彼の問いはシンプルです。信頼できるスタッフの下で映画を作り、その映画を本当に届けるべき人に届けるにはどうしたらよいか、またその映像が権力を持つ人々に悪用されないようにするためにはどうしたらよいか。これは一般的・抽象化できるような問いではなく、実際に映画を作り、回答していくようなものだと思います。

まだ彼の映画を見たことがないので、映画を見て考えてみたいですね。今回は短いですが、これにて。