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(月3回以上更新目標)

航路を守る(20年7月その2)

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皆様、元気でお過ごしですか。前回の更新から2週間が過ぎてしまいました。写真は、道中寄った高輪ゲートウェイ駅から撮影した写真です。

最近、あまり本を手に取っていなかったのですが、思うところがあり次の本を読んでいました。

思想としての〈新型コロナウイルス禍〉

思想としての〈新型コロナウイルス禍〉

  • 発売日: 2020/05/23
  • メディア: 単行本
 

気鋭の研究者や批評家が寄稿している本だとは思うのですが、今の私には響かないというか、本当にこの分析でよいのかなと思う論文が多かったです。特に現代思想系の論文は、またドゥルーズかよ、アガンベンかよと少し食傷気味になってしまいました。そもそもこのコロナ禍を語るには、まだ時間も材料も足りていないのではと感じた次第です。

総論としては上記のとおりなのですが、このブログではできるだけ作品の面白い面を書いて共有していきたいと思っています。そこで、上記の本で面白かった論文を2つ挙げておきます。1つは、小川さやか「資本主義経済のなかに迂回路をひらく」です。この論文の結論は、一種の「コネ」が経済的危機に対するクッションになる可能性があるというものです。異常な結論にも思えますが、タンザニアの産業構造や人間関係を踏まえて紹介されているため、一定の説得力を有する内容となっています。もう一つは、笙野頼子「台所な脳で? Died Corona No Day」です。この文章は、夢に見た出来事を語るという構造を用いた一種の私小説です。鋭い社会分析が行われているというわけではないと思うのですが、面白いんですね。中野重治藤枝静男への言及や柄谷行人への批判など、他の論文とは一線を画すレファレンス先も興味深いです。そして、次のような文章を読んで、ちょっと文学読んでみようかなと思ってしまいました。

文学の仕事は、そんな本質の見抜きという地味な仕事である。それが極私的言語の効能であり、いつも始原の混沌に帰ったり自分の歴史を振り返って、身辺を書いていく必然性である。予見は自らそこに生まれる。むろん知っている些細な事をすべて使う心構えだけ。(p.100)

また、社会状況の雲行きが怪しくなりか けていますが、正気を保って生きていきましょう。