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知的創造の条件

また勢いが落ちていますが、ノンフィクションマラソン62冊目は『知的創造の条件』です。

知的創造の条件:AI的思考を超えるヒント (筑摩選書)

知的創造の条件:AI的思考を超えるヒント (筑摩選書)

  • 作者:吉見 俊哉
  • 発売日: 2020/05/15
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)

 この本は、筆者が「新しい大学論」というテーマで本を作らないかと編集者から提案を受け、実際に本を作る中で「大学」から「知的創造」という点までテーマが拡大したという経緯がある本らしいです。「知的創造」という大きな、捉えどころがないような問題について、語り下ろしの本らしく、ラフスケッチしたような内容になっています。

筆者は、今まで書かれた知的生産の本には2つの系譜があると考えています。1つ目は、個人が知的生産をどのように行うかという点に焦点を当てた本です。この系譜の本は、清水幾太郎から始まり、主に社会学者が書いてきたとのことです。2つ目は、知的生産のメディア論的・社会的条件について焦点を当てた、梅棹忠夫ら情報学者が書いた本です。その双方の系譜を踏まえ、昨今のAIやシンギュラリティの議論を批判的に見つつ、筆者の論が展開されています。

この本では、前半が個人や個人間の知的生産、後半が知的生産を支える社会的背景(図書館、文書館、研究会、デジタルアーカイブなどの知的装置とビックデータ)を対象としています。率直に言って、後半が最近よく聞く話であるなあと感じたのに対し、前半が筆者オリジナルの話が多く面白かったです。また、よく読むと後半の議論の重要な点は、前半の議論(特に第2章「知的バトルのすすめ」)にほぼそのエッセンスが出ているのではないかと考えています。

筆者は、ビックデータから統計的に類似点を判別し未来予測を行う力は、人口知能の方が人間よりも遥かに優れているものの、その力はあくまで「知能」に過ぎず、「意識」には到達していないと考えています。断片的な情報を体系だった知識とするためには、漠然とした、無意識的な情報を意識化し検討する必要があります。ただ、その作業は単独で行うものだけではありません。第2章では、大学院での研究の進め方について詳しく記載されているのですが、そこでは自分の研究課題の深め方とともに、どうそれを他者に伝えるかという点も同時に考えられています。筆者は学生時代、演劇にのめり込んだ経験があるらしいのですが、その影響が垣間見えます。この「研究課題を深めること」とそれを「他者に呈示する」こととを同時に考える観点は、とても参考になりました。

本の最後に「近代を超える」的なことが書いてあります。近代の乗り越えのために必要とされているのが、「意識」「対話」「信頼」「歴史」「実存的決断」という近代的な思考でも重要とされてきたものであったのも印象的でした。これらは、およそ時代にかかわらず大事なものであるとともに、昨今のAIの議論を踏まえ改めて考え直すべき点でもあるかもしれません。