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占領と平和

『占領と平和―“戦後”という経験』(道場親信 青土社)
を読みました。

800ページ余もある戦後社会運動の通史。読むのになかなか時間がかかりました。昨今「戦後レジームの転換」ということが言われますが、では「戦後レジームとは何か」と考えてもいまいちぼんやりしてしまっていました。その意味で本書の下の問題意識はよくわかりました。

「戦後の運動史を調べていて痛感するのは、『戦後』それ自体が大きく誤解されているということである。近年の国家主義強化、人権の空洞化、軍事化という形で進んでいる『戦後』に対するバックラッシュ(・・)は、この『戦後』の諸経験の切り縮め、生きられた『戦後』の矮小な再解釈によって進められていることも無視することができない」(p649)

確かにレジーム転換という大きな視点で物を考えず、さまざまな社会的経験を伝承したり、対話したりすることで、社会を豊かにしていこうとする筆者の視点は大事であると思う。

もう1点、気になったこと。それは社会運動が「調査・分析」手法を身につけていったという説である。

「他者とかかわり、その『かかわり』そのものに含まれる政治・経済・軍事的、そしてさらには歴史的な問題を意識して、この『かかわり』をよりよいものに変えていこうとする『連帯』の運動は、直感的行動や心情のみに頼る形で組みあげていくことは不可能であり、情報の収集・調査・分析、そして自らの位置の問いなおしという知的な作業をいやが応にも必要とする。複雑に絡み合った問題の『全体構造』を知る上では、このような『調査・分析』手法は共通の運動文化とならざるを得なかったといえるだろう」(p524)

自分は他者論を学生時代に勉強していましたが、社会的コンテクストを抜いた他者論は、意味がないことを再確認しました。でも、具体的に「調査・分析」を、どのように自分の生活のなかで行っていくのか?必ずしも社会運動に参加していない人間にとって、というのは私の課題です。