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国家と革命

『国家と革命』(レーニン著 ちくま学芸文庫)を読みました。

高校の教科書にもでている「プロレタリアート独裁」が「ブルジョワ独裁」と対置された概念だと初めて知りました。「ブルジョワ独裁」とは、形式的には議会制民主主義が存在するけど、実際はお金持ちしか社会の決定権を持てない状態のことです。

「資本主義社会では、社会の発達ぶりがこの上なく順調である場合、民主共和制という、程度の差はあるにしても高度な民主主義が成立している。しかしこの民主主義は、資本主義的搾取という狭苦しい枠によって絶え間なく締め上げられており、したがって常に、本質的には少数者、すなわち有産階級とか金持ちだけを対象とする民主主義にとどまっている。(・・・)現代の雇用奴隷は資本主義的搾取という境遇に身をおいているために、窮乏と貧困によってひどく圧しひしがれたままの状態にあり、それゆえ『民主制どころではない』し、『政治どころではない』。また、事が平常どおり平穏に推移している場合、住民の大部分は社会政治活動から除外されている」(p164−165)

国会が機能せず、国会議員は特定の団体の利権を擁護するにすぎないという批判はTVなどで繰り返し報道されていますが、レーニンもその点を変えようとしていたのだと知って、歴史は進歩しないものだなと感じました。私はレーニン主義者ではなくコミュニストでもないのですが、鋭さときわどさを持った本だと思いました。

でもこのBlog赤くなっているな・・・軌道修正しないと。。