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力なき者たちの力

ノンフィクションマラソン74冊目は、『力なき者たちの力』です。

国内における市民権遵守の責任を担うのは、当然ながら、とりわけ政治・国家権力である。だがそれだけではない。誰もが、一般的な状況下で責任の一端を担っている、政府のみならず、あらゆる市民に関係する法制化された規約の遵守についても同様である。この共同責任という意識、市民参加の意義に対する信頼及びその意思、そしてその責任の新しい効果的な表現をともに探求する必要性を感じ、私たちは「憲章77」の結成を考え、本日、その誕生を公表する。(p.129)

『力なき者たちの力』の著者、ヴァーツラフ・ハヴェルは、チェコの劇作家であり、ビロード革命後、つまり社会主義政権崩壊後、チェコスロバキアの大統領、初代チェコ大統領を務めた人物でもあります。

上に引用した箇所は、1977年に出された「憲章77」の一部です。「憲章77」とは次のような文書です。

ja.wikipedia.org

ハヴェルのエッセイ『力なき者たちの力』は、「憲章77」公表後の1978年に「憲章77」を踏まえ著されたものです。「憲章77」は社会主義体制の中で表現の自由などを求めているのですが、興味深いのが文書の宛先にチェコスロバキアの「市民」も入っている点です。ハヴェルの『力なき者たちの力』の内容を踏まえると、なぜ「市民」も宛先となっているのかがクリアになってきます。

ハヴェルは当時のチェコスロバキア社会主義体制を「ポスト全体主義体制」と名付けます。「ポスト全体主義体制」は、敵対者を力で抑えつけるのではなく、市民を「自己保身」的で「防衛」的な心理にさせる統治方法です。この本では、「全世界の労働者よ、一つになれ!」というスローガンをショーウィンドウに置いた青果店の店主の例を挙げています。青果店の店主はこのスローガンを信じていません。ただ、スローガンを置かないと、様々な不利益が店主を見舞うことになります。「全世界の労働者よ、一つになれ!」という文言は、その文言の意味ではなく、体制に従っているという儀礼的価値が重要とされるのです。

「ポスト全体主義」に抵抗するためにはどうしたらよいのでしょうか。それは、「嘘の生」ではなく、「真実の生」を生きることだ、とハヴェルは考えます。「全世界の労働者よ、一つになれ!」というスローガンがくだらないと思うのであれば、それを掲げない。こうした日常的な行為こそ(「前-政治的領域」)が、政治的と言われる行動よりも重要なのだと、ハヴェルは考えるのです。さらには、こうした「真実の生」を生きることこそが、社会を構成する人間としての「共同責任」だとも考えるのです。

ハヴェルも指摘するように「真実の生」を生きることの重要性は、旧東側諸国にだけ当てはまることではありません。「嘘の生」ではなく「真実の生」を生きること、忖度でなく本当に思っていることを話せる社会にすることは、今の社会でも大事なことだと思います。