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(月3回以上更新目標)

会議の政治学

ノンフィクションマラソン、少しピッチを上げていかなければなりません。52冊目は『会議の政治学』です。

会議の政治学 (慈学選書)

会議の政治学 (慈学選書)

  • 作者:森田 朗
  • 出版社/メーカー: 慈学社出版
  • 発売日: 2006/12
  • メディア: 単行本
 

 本書では、専門的、第三者的性格をもつといわれている審議会での決定にも隅々まで政治が存在していること、あるいはしうること、それが整備された手続によって、換言すれば一定のゲームのルールに従って展開されていることを述べてきたつもりである。こうした方式は、若干オーバーな表現を使えば、最終的な政治の場への決定の負荷を減らすための「前さばき」の場として形成されてきた人間社会の知恵の産物ということができよう。機能不全に陥りつつあるかもしれないが、捨てるには忍びない。(pp.178-179)

この本は、タイトルから「会議」一般を対象にしているように見えるのですが、 政府や地方自治体の審議会を念頭に置いた本になっています。政策の検討に資するため省庁や自治体が審議会を設置することがあるのですが、この本ではそこでの意思決定や情報公開のテクニックについて著者の見解が記載されています。審議会が、省庁が政策を推進するための便利な「隠れ蓑」であるという批判があります。筆者はその側面を否定しません。それを前提として、それでもなお、審議会には一定の価値があると考えます。個人的には、引用にあるように、審議会は政治のコストを下げる役割があるという指摘に蒙を開かれました。清濁併せ飲むという、かなり「大人」な本であると思います。

クローチェ 1866-1952

ノンフィクションマラソン51冊目は、『クローチェ 1866-1952』です。

クローチェ 1866-1952

クローチェ 1866-1952

 

ヨーロッパ思想史を俯瞰した優れたS・ヒューズ『意識と社会』は、二十世紀初頭の知的巨人としてM・ウェーバー1864年-1920年)、G・フロイト(1856年-1939年)に加えてクローチェの名前を挙げている。にも、かかわらず、日本において、クローチェ研究のモノグラフは1939年の羽仁五郎著『クロォチェ』以来出版されていない。(p.10)

最近、ひょんなきっかけで羽仁五郎について少し調べています。ただ、全く相性が合わないです…。研究とアジテーションとが混然一体となっている感があり、論理に入る前に、生理的に受け付けないのです。後年の主著『都市の論理』は、読み始め50ページくらいで挫折してしまいました。

羽仁五郎は、イタリアの思想家ベネデット・クローチェに大きな影響を受けたといわれています。

ja.wikipedia.org

私が羽仁五郎『クロォチェ』を読んだのは数年前ですが、この時も少し疑いながら読んでいました。本の中で「自由」という言葉が連呼されていたのですが、羽仁自身の主張なのかクローチェ自身の主張なのかどちらなのか、読者として分からないなという感想を持ちました。

今回紹介する『クローチェ 1866-1952』は、「羽仁五郎」以来、初のクローチェのモノグラフ的研究とのことです。この本では、クローチェの思想や政治への関わり方が、時代順に分かりやすく解説されています。率直にいうと、もう少し彼の哲学的議論に入り、詳しく論じてほしかったという思いはあるのですが、私自身全く知らなかった思想家へのよい導入となりました。

特に、「自由」という概念が、クローチェがファシズムに対抗する際の重要な概念であったという指摘は興味深かったです。この「自由」は、自然権思想に基づくような自由ではなく、リソルジメント(イタリア統一運動)を成し遂げた原動力である「自由」だと言われています。国民国家を形成する自由主義的な思想を重視していたと思われるのですが、これは20世紀初頭ではどちらかというと(つまり、マルクス主義等と比べると)保守的な思想ではないかと思います(事実、クローチェも政治的には保守的であったらしいです。)。(一種の)保守思想からファシズムに対抗するという理路と、それがなぜ「マルクス主義歴史学者」といわれる羽仁の心を撃ったのか、考えていくと色々面白そうな論点がありそうな気がします。

灰色のユーモア

ノンフィクションマラソン50冊目は、『灰色のユーモア』です。

灰色のユーモア: 私の昭和史

灰色のユーモア: 私の昭和史

 

 「和田先生、あんたは警察の取り調べにさいして、さっぱりたたかっておらんではないですか。和田先生がマルクス主義者、共産主義者でないことは、誰よりも一番私が知っています。それなのにマルクス主義者にされてしまって、起訴されようとしている。そんなばかなことはないですよ。」(p.98)

著者の和田洋一は、戦前、京都で『世界文化』という世界の反ファシズム運動を紹介した雑誌を刊行しました。その雑誌の刊行により、治安維持法違反で逮捕されます。「灰色のユーモア」は、逮捕から起訴までの顛末を書いた作品です。

和田洋一 (文学研究者) - Wikipedia

この作品の面白さは、警察の側でも和田氏をマルクス主義者と心から信じているわけではなく、かつ、和田氏自身も自らをマルクス主義者と思っていないにもかかわらず、転がるように事態が進んでいくことです。上の引用は、彼を取り調べた太秦署の刑事の発言なのですが、和田氏が自身をマルクス主義者でないといって反発しても、結局、事態は変わらなかったと思います。

この作品を読む中で、昨今よく言われる「忖度」という言葉も頭をよぎりました。転向論は日本戦後思想史における一大テーマで軽々に言えるものではないのですが、転向とは<思考における忖度>なのかなとも感じました。

今回は短いですがこれまで。

近況報告(2020年年末年始イベント・映画)

2020年が始まりました。今年もよろしくお願いいたします!この年末年始は、例年よりも、色々な映画を観たり、イベントに参加できました。

1.参加したイベント

www.gaccoh.jp

12月22日に、GACCOH主催の「ヘーゲル(再)入門ツアー 2019→2020」に参加しました。ヘーゲルの入門的な講義に加え、『精神現象学』の一節を実際に読むという企画です。改めて読むと、ヘーゲル、かなり面白いと感じました。仕事などでより上の視点から物を考える必要があることがあるのですが、その際、ヘーゲル弁証法の思考が参考になる気がします。『精神現象学』には二度ほど挫折しているので、再挑戦してみようと思います。

philcul-newq-1.peatix.com

1月11日には、SHIBUYA QWS、フィルカル、ニューQの三者合同の哲学イベントに参加しました。一番印象に残ったのは、働く上で哲学を切実に欲している人が多いということでした。しかもその必要性が、個人の生き方の指針としてというよりは、社会的な問題を解決するためのものである点が特に印象深かったです。『フィルカル』、ある人に購入しますよ!と約束した手前、購入して読もうと思っています。

2.観た映画

年末に、いわゆる名画座の劇場で、『ブルースブラザーズ』、『西鶴一代女』、『クレイマー、クレイマー』を観ました。いずれも傑作で素晴らしかったです。

www.youtube.com

『つつんで、ひらいて』は、装幀家 菊池信義のドキュメンタリーです。本を装幀という観点から見たことがなく、とても感銘を受けました。興味深かったのは、彼がモーリス・ブランショに影響を受けていることです。なぜブランショ?となると思うのですが、モノとしての本は人称性がない物質的な存在であり、それがブランショのいう文学空間と(同じではないものの)近い性格を持つものだからです。このような思考の結びつきがあるのかと目から鱗が落ちました。

今年は、引き続き、もっとたくさんのイベントに行き、映画を観ようと思ってます。

ノンフィクション100冊マラソン(~2019年)【倉庫】

2019年までの倉庫です。

23冊目:杉田俊介宇多田ヒカル論』(2018.1.4)
24冊目:トルーマン・カポーティ冷血』(2018.1.5)
25冊目:唐澤太輔『南方熊楠』(2018.2.21)
26冊目:上野英信追われゆく坑夫たち』(2018.4.30)
27冊目:松本創軌道』(2018.9.9)
28冊目:堀田善衛方丈記私記』(2018.9.15)
※29冊目:鴨長明方丈記』は28冊目の記事で紹介しています。
30冊名:吉川浩満人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』(2018.10.8)
31冊目:チェ・ギュソク『沸点』(2018.10.28)
32冊目:久世浩司『「レジリエンス」の鍛え方』(2018.11.10)
33冊目:広瀬浩二郎『目に見えない世界を歩く』(2018.12.10)
34冊目:石川善樹+吉田尚記どうすれば幸せになれるか科学的に考えてみた』(2018.12.23)
35冊目:松下竜一狼煙を見よ』(2019.1.5)
36冊目:木村俊介『インタビュー』(2019.3.30)
37冊目:毎日新聞取材班『強制不妊』(2019.5.29)
38冊目:三浦英之『』(2019.6.2)
39冊目:半藤一利ノモンハンの夏』(2019.6.23)
40冊目:石牟礼道子苦海浄土』(2019.7.13)
41冊目:宮川康子『自由学問都市大坂』(2019.7.21)
42冊目:望月優大『ふたつの日本』(2019.8.5)
43冊目:野呂邦暢失われた兵士たち』(2019.8.19)
44冊目:鈴木嘉一『テレビは男子一生の仕事』(2019.9.7)
45冊目:木澤佐登志『ニック・ランドと新反動主義』(2019.9.17)
46冊目:金子遊『映像の境域』(2019.9.21)
47冊目:荒木優太編『在野研究ビギナーズ』(2019.9.28)
48冊目:大江健三郎核時代の想像力』(2019.10.6)
49冊目:土本典昭不敗のドキュメンタリー』(2019.12.7)