2020年までにノンフィクション100冊マラソンを達成したいなと考えています。

以下は、マラソン本のインデックスです。1件当たり、600字から800字くらいまででコンパクトに感想を書きたいと思います。2018年は、60冊目まで何とかいければと思います。

23冊目:杉田俊介宇多田ヒカル論』(2018.1.4)
24冊目:トルーマン・カポーティ冷血』(2018.1.5)
25冊目:唐澤太輔『南方熊楠』(2018.2.21)
26冊目:上野英信追われゆく坑夫たち』(2018.4.30)f:id:tsubosh:20171019222958p:plain

※2017年(22冊目)までは、こちらから。
tsubosh.hatenablog.com

三歩後退一歩前進シリーズ

よく言われる「つまらない私語り」ですが、不惑を迎え、自らを振りかえることにしました。また、日々の生活で考えたこと、改善していきたいことも書いていきたいと思います。自らの怠惰に喝を入れ、愚かさで滅び行く社会の中でも、快活に生きていける足掛かりになればと思います。

その1: はじめに

その2: 学習塾文化の影響

その3: 学習塾文化の影響(2)

その4: デリバリー姉さんNEO、カフカ、後悔

その5: 苦手だった「夢」という言葉

その6: 『勉強の哲学』の変奏

その7: 法律と思い込み

その7(おまけ): 結果が出ました

 

批評ミニアルバムメイキング

【書いたもの】

  1. 「【映画評】<映画>と<映像>のリミットを往還する―ジャハール・パナヒ『これは映画ではない』『人生タクシー』論」(前編)(後編
  2. 「【ロング書評】ジャック・デリダ『アーカイヴの病』を読む」(前篇)(後篇
  3. 「沈黙、発話、発達~映画『デトロイト』を活動理論で読み解く」(前篇)(中篇)(後篇f:id:tsubosh:20171019222854p:plain

【メイキング】

〇専門を持とうといろいろ模索してきましたが、結局持つことができませんでした。今やることは、関心テーマや領域が散在しながらも、1つ1つの問題や作品を批評したものを書き溜めることしかないかなと考えています。まずは、1年という期限を区切って、批評ミニアルバムを作成してみようと思います。そうして、自身、批評にさらされなければなりません。

構成を決めました。

イベント行ってきました①。

〇(2月1日)1月は少し緩んでしまったので、2月中に1本ロング書評を書きます。ユーリア・エンゲストロームという教育哲学者の著作を読み解きつつ、働くことと学ぶことと関係を考えたいと思います。また、8月までに敗戦後論」(戦後主体性論争)についての比較的長い論考も書いてみたいと思っています。

〇(2月21日)映画『スリービルボード』を見てきました。ひとは、絶望し答えもない中でも、必死に考え前に進むものなのだというメッセージを提示した素晴らしい映画でした。そして、とても余韻が残る映画でした。先般紹介した映画『デトロイト』との類似点も多々ありました。先般述べたエンゲストローム論は、「沈黙、発話、発達~活動理論で映画『デトロイト』を読み解く」というタイトルで準備中です。2月中は厳しいかもしれませんが、しばしお待ちを。

〇(3月4日)『デトロイト論』後篇まで公開しました。

〇(3月30日)次はジャン・フランソワ=リオタールの『言説、形象』を読んで書評を書きたいと考えています。

〇(4月30日)『言説、形象』難しすぎで挫折です。別の本に切り替えます。5月31日までに1本予定があるのでこれも頑張ります。

追われゆく坑夫たち

年度末&年度始めと忙しく全く本が読めませんでした。ただ、社会人ならこのような時期があるのは仕方ありません。ぼちぼちでも本が読める環境に感謝して、再スタートです。日本の代表的な記録文学もコツコツ読んでいきたいと思っています。

追われゆく坑夫たち (岩波新書)

追われゆく坑夫たち (岩波新書)

 

今まで読む機会があったにもかかわらず、なかなか手を付けられなかった本です。そして、軽々しく要約することが厭われる本です。

この本では、北九州の中小炭鉱労働者の労働の苛烈さ(筆者は労働の「奴隷性」と呼んでいます。)について書かれています。それと同時に、その労働自体も奪われた後の、労働者たちの「遺棄」された状態についても書かれています。私は後者の面が印象に残りました。

中小炭鉱(ヤマ)での圧制や理不尽さに耐えかね、多くの炭鉱労働者が中小炭鉱を渡り歩きます。働く中で体が不自由になり働けなくなる者、組合を作って会社と対抗しようとするも解雇されてしまう者、多くの労働者が様々な理由で働けなくなります。くわえて、経営不振のため、また、炭鉱合理化の影響で、中小炭鉱が閉山となり、更に多くの労働者が失業者となります。そして、失業状態となった労働者について、筆者はこう書いています。

彼らがむなしく繰り返しているもの、それはーたとえ彼らにとってどれほど必死なものであってもーいかなる意味においても「生活」ではなくて、動物的な「棲息」そのものであった。しかしその恐るべき「棲息」状態にもまして私を戦慄させるものは、彼らが生ける屍として風化していく速度のはやさであった。(p.186)

この本では、上記のような、アガンベンのいう「剥き出しの生」ともいえる姿が印象に残りました。しかも収容所という行政機構ではなく、中小炭鉱という大手炭鉱を補完するような私的セクターで遺棄が起こっているのです。その点も印象に残りました。

次回、続けて上野英信の『地の底の笑い話』を紹介したいと思います。